仕事で成功したければ、無理難題を諦めずに超えてみせろ。
僕には専属のチャンスの女神がいる。彼女は嫌われ者だ。チャンスとセットでいつも余計なものを持ってやってくる。おまけにタイミングが悪い。
「ねぇねぇ高橋さん。あなたにいい機会があるのよ?」
「俺は忙しいんだ。あっちへ行け。」
「あなたまでそう言わないで。あなたはいつでも私を受け止めてくれるじゃない。」
「私がどんな難題を持ってきてもね笑。」
開発部長が勢いよく開発室に入ってきた。
「おいおい!高橋!なんだこのデータは!」
俺がメールで開発サンプルのデータを投げてやった。部長は興奮している。
当然だ。
こんな高性能な電子部品は世の中にはまだ存在しないのだから。
「これ本当か?こんなの出したらお前、あいつら大騒ぎするぞ。」
あいつらとは取引先のことだ。彼らの作った製品は日本のメディアにも取り上げられた。
一方で彼らは、その製品のある部品に対して不満を持っていた。その改良品を私が開発し、データを投げたのだった。
「大丈夫ですよ。ちゃんとデータとったんですから」
僕は入社2年目にして、世界一の性能を有する電子部品の開発に成功した。この時もまさにチャンスの女神が僕に与えた試練を乗り越え、手にした結果だった。
チャンスの女神は障害を持ってやってくる。
僕の元には定期的にチャンスの女神が訪れる。僕の知る限り、彼女は多くの人間によく思われていない。なぜなら、彼女は高すぎる障害物を持ってやってくるからだ。おまけにタイミングが悪い時がある。
この時もそうだった。
プライベートではそろそろ入籍の準備をしようかって時に、大きなチャンスを持ってきたよな?
弊社開発室にて…。
部長「おー、お前ら1ヶ月でこの案件なんとかなるか。」部長がヘラヘラしながら先輩に聞いて回っている。
先輩A「いや〜無理っすよ。」
先輩B「今忙しいんで」
先輩C「1ヶ月!?いや〜っ1ヶ月はないでしょう笑。」
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みんな断っている。みんなそれぞれで案件を抱えて忙しい。そろそろ俺の所に来るか。
フラグが立ったら行くしかない。
皆が断る様子を見て、俺はだんだん嬉しくなってくる。俺のためのフラグが立ち始めている。女神が皆に嫌われている。彼女を受け入れてくれる器量の大きな男は残念ながら少ないのだ。
部長「高橋、お前やれ」
部長は私が拒まないタイプの人間であることを知っている。当時の僕はイエスマンで無謀な案件を躊躇なくやるというのは僕くらいしかいなかった。
「まぁ、私は命令であればやりますので。拒否権はありませんから。」当時はこんなことを言ってしまうくらい従順で貪欲だった。
部長「そうか。期間は1ヶ月だ。今はライバルメーカーの製品を使っているが、不満があるようだ。彼らには時間がない。この製品を少しでも超えるような性能が欲しいとのことだ。」
そう言ってライバル会社の製品を俺の机に置いた。
部長「じゃあ、頼んだぞお前 w」
部長はヘラヘラしながら開発室を出て行った。
彼は笑うと馬のような顔をする。
僕は業界最大手が開発したその製品に目をやった。
大きなことに注力すると他が疎かになる。
僕は毎日、改良品の試作と検証をやった。1日は24時間では足りない。1つのサンプルを評価するといくつもの仮説が湧いてくる。
それらを1つずつ潰していくと、また別の問題が生じる。モグラ叩きをしているような感覚だ。
次第に僕は家に帰っても仕事ばかり考えるようになる。
「あなたは私の声が聞こえなくなるほど、一体何を思い悩んでいるの?」
「すまない。なんの話だったっけ?」
「入籍の話をしなきゃでしょう?私たちは普通の手続きと違って特殊なんだから」
「ああ、そうだな」
結局、僕の書類準備や話し合いが進まず、予定日は過ぎてしまった。
当時、妻との関係は最悪だった。
期限まで残り1週間
僕はあらゆる仮説を検証した。そしてその検証は、概ね僕の予想した通りになったが、別の厄介な問題もセットで連れてくる。
僕は追い詰められてきている。
時間は非情なものでいかなる事情があろうと、止まることはない。
こんな時、不思議と脳内が刺激たっぷりになり溢れそうになる。これくらい追い詰められると、自問自答が始まってくる。
敗北するのか?
みんな俺がうまくやるなんて思ってない。だけど、ここでうまくやって見せたらどうだ?そのギャップに感動するかもしれない。
今諦めれば、人生において、このレベルのハードルを越えることはもうできないかもしれない。おそらく逃げ出してしまうだろう。
これも、成功体験にしなければならない。
休日出勤中のため、喫煙所は1人だ。Peaceのスーパーライトをボックスから取り出し、1本吸った。こういう時、タンホイザーの序曲を聴きながら成功した時をイメージする。
序曲で最も盛り上がるところまで迫ってきている。指揮者は腕を威勢良く上げ、最初の山場に到達し始める。
僕は妄想する。
皆が僕を賞賛するところを。僕に拍手をしている。なんなら、富士ゼロックスのCMみたいに俺も研究員として出ているところを想像する。
妄想で遊んでいると、いつのまにかサビが終わり、落ち着いたメロディに変わっている。自分に酔うのは楽しい。酒でも入るとこの楽しさは止まらなくなる。妄想だけで僕は酒が飲めてしまう。一時期アル中になったので断酒している。
僕はイヤホンを取り、我へ帰った。賢者モードになっている。タバコを捨てまた業務に戻った。
パソコンの前でこれまでのデータを眺めた。
間違いなく、核心に迫ってきている。後、2パターンのサンプルを作れば、ヒットするだろう。
少し楽観的になった。僕にはポリシーがある。できませんでした等の報告は絶対にしたくない。最低でも、なんとかなりそうですというレベルまでもっていくし、それを実現してきた。小さな成功体験を積んできた僕は、自分の仕事に自信があった。
だが、その自信は見事に裏切られた。いざ2種類のサンプルを評価してみると満足できる性能ではなかった。
この時点で残り3日になっている。サンプルを作成できる機会はあと一回しかない。僕は本当に追い詰められていた。2つのサンプルデータを見比べた。出力特性に明らかな傾向がある。その傾向からもう1つのサンプルを作成することにした。これが最後だ。
僕は電圧レコーダの前にっている。
最後のサンプルのセットが完了した。この1ヶ月間、これまで蓄積された開発ノウハウを全て総動員して世界一へチャレンジしてきた。最後のサンプルはその集大成と言える。
試験のスタートが怖い。
このサンプルが劇的に良い性能を示すかもしれないし、その逆も可能性もないわけではない。考えてもしょうがないので腹をくくった。
電圧レコーダの波形を確認する。
理想通りの波形だ。僕はこのサンプルに非常に優れた性能が付加されていることを確認した。部屋には誰もいない。小さな声で「よし」っとだけいい、電源を落とし、喫煙所へ向かった。
「おいおいあいつら大騒ぎしてるぞ。早くモノをよこせって言ってるぞ。」部長が大騒ぎしている。
先輩Aが言った。
「あんなに興奮してるところ見たことないぞ。今日は一段と馬そっくりだ。」
話は順調に進んでいる。
「あいつらがお前の製品を評価したってよ。結果、抜群だそうだ。すぐに量産に移りたいとのこと。対応しろ。」
そう部長が言った。
僕は来るべき時のために着々と準備を進めていた。しかし、予想外のことが起こったのだ。
チャンスの女神はいいところですっ転ぶ。
チャンスの女神の名はフォルトゥーナという。
彼女は不安定な球体に乗っているため、運命が定まらない。順調に言っているように見えても、彼女がスッ転んだらチャンスは消え失せるのだ。
僕は着々と量産体制を整えていた。しかし、ある時から急に先方と連絡が取れなくなった。
部長が血相変えて部屋に入ってきた。
「おい、あいつら買収されたってよ!」
買収?
頭の中でよく繋がらなかった。
「エンジニアが1人残らず出て行ったらしい。それで新しい会社を立ち上げたんだ。また新しいことをやろうって提案がきてるぞ」
「例の件はどうなったんです?量産体制も整ってきていますよ。人も入ってるし今更なしにはできないです。」そう私は言った。
「エンジニアが出て行ったから、俺らの案件を実現できるやつがいないらしいんだよ。」
おいおい、女神すっ転んだか。
こんなところでやめてくれよ。
「悪いが、実現できない以上この話はペンディングだ。性能は抜群だから、どんどん他のメーカーに紹介しろ。」
僕は整理がつかなかった。だが、ペンディングになった以上、新規顧客を開拓するしかない。
性能には自信があった。だから僕は、いつも自信満々に製品の紹介をした。
「世界一なんです。こんなにいいもの他にないです。これを使えばこんなにいいことがあります」
そんな類の言葉をちりばめた。だが、顧客からの意見は僕の予想に反した。
「御社の作った製品なんですけど、性能良すぎなんですよね〜」
性能良すぎ?何だそれ。
「こんな高性能のものでなくていいですよ。性能悪くしていいんで、もっと安くできません?」
多くのお客さんがこのようなことを言った。性能がいいのは認める。だが、どのくらいまで安くなるかと。
僕は悔しくなった。
開発した製品の性能が抜群であるにも関わらず、安く売らなければならない。
市場調査が足りなかったんだ。こういうこともある。
「技術を安売りしてはならない。その価格で欲しいという顧客に売ればいいのさ」
営業担当の相棒はそういった。
「性能面に関する要求は今後高まると思うよ。だからいずれニーズは来るはずだ。待ってようよ」
あれから3年経つ。
僕の製品は未だに数量は出ていない。しかし、最近になって急に声がかかるようになった。
「性能が良ければ価格はいとわない。この製品を試したい。新商品を作りたいから協力してくれないか?」
市場の要求が変わり始めてきている。僕はそう感じている。
あの時、女神はすっ転んで俺の前から消えた。
それを申し訳ないと思っているのかもしれない。また彼女がやってくるのだろうか。
それはそれで嬉しい気もするが、もう少し軽いものを持ってきて欲しいと思っている。
そろそろくるような気がしている。